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なぜ僕はゲームをつくらなくなったのか

日記

別につくらないと決めたわけではないのだけど、最近つくっていない。 10代〜20代前半くらいまでは結構アクティブにつくっていた。

とはいえ大した成果を出していたわけではなくて、雑誌に掲載されたりとかTGSの雑多なブースに展示されたりしたのがせいぜいだった。 なので、つくらなくなったからといって誰からも惜しまれることはないのだけど、完全なワナビーだったというわけでもないくらい。 ちなみにニュアンスの違いはあまり伝わらない気がするけど、僕はいわゆるフリーゲーム製作者で同人ゲーム製作者では無かった。 そんなわけで、こうして暇な時間ができるとそのことについて思うことがあったりする。

そもそもゲームをつくる人には2種類いると思っていて、つくること自体が好きな人と、ゲーム製作を通じて承認されるのが好きな人がいる。僕は後者だった。 小さいころの原体験を元に、それしか知らずにつくり続けていたように思う。

いちばん大きな転機は就職だった。 学生の頃は暇で金は無いし説明不能な怒りに燃えていたのでゲームをつくるしかなかった。 けど東京で就職して時間は無くなって、田舎から都市に出てお金もゲットしたことで他に選択肢が増え、自分でコントロールできることが増え怒りも段々と薄れてきたので、仕事やらでがんばって承認されたほうが色々と都合良いよねとなっていった。

あと、元々その風潮はあったけど個人でしょぼいゲームをつくっても承認される時代ではなくなった。 最近は無料で遊べるプロのつくったゲームがたくさんあって、その中で自分がわざわざしょぼいゲームをつくっても仕方がないと感じるようになった。 自分自身フリーゲームは殆ど遊ばなくなったし、遊ぶにしてもせいぜいSteamにあるような評判の良いインディーズゲームが下限という状態になった。 平たく言えば、つくるコストに対する得られる承認が見合わなくなった。

僕はAndroid 1.6〜2.3向けのゲームをつくったのが最後で、それもまだ市場が未成熟でフリーゲームの入り込む余地があったからつくったようなものだった。AndroidOpenGLを扱う方法についてエントリーを書いたらブクマを集めたし、そのゲームのソースコードコミケで売ったら直ぐに捌けたような時代だった。単にゲームっぽいゲームというだけである程度の価値はあった。今はもうその余地は無いと思う。

もしまたそういう市場を見つければ、何かつくることがあるかも知れない。